シルバーショックをご存じだろうか。ウィキペディアを調べてもその事は書かれていない。

昭和53年から始まった、銀価格の急激な高騰を表す言葉で、オイルショックになぞらえたものだが、あまりにも知る人は少ない。

なぜなら、銀はかつての主要な用途であった貨幣としての役割を世界的にも失っていたからだ。戦前の日本も実質上の金銀複本位制で、銀価格=貨幣価値だったが、昭和13年に、戦争の足音が近づき、世界情勢が風雲急を告げると、その製造が打ち切られている。

戦後は、復興の象徴の一つとして昭和32年に100円硬貨が銀貨で発行されている。重さ4.8グラムで、品位は60%。当時の銀価格が1グラム10~15円であったことを考えると、実質含有量が3グラムにも満たない100円銀貨の価値は、30~45円しかなかったことになる。とは言え、世界の潮流は信用(管理)通貨制度であり、大きな問題になることは無かった。

しかし昭和30年代後半に入ると、銀価格はじわじわ上昇していく。原因は写真の普及である。近年、デジタルカメラが普及し、写真と銀は無縁のものになりつつあるが、当時の黒白写真は、銀そのもので画像を作っているし、後のカラー写真も銀の化学反応を画像形成に利用しているからだ。 

昭和30年代後半より、じりじりと銀価格は値上がりを続け、1グラムが30円となる前後の昭和41年に100円銀貨の製造は打ち切られている。

これは日本に限った事ではなく、アメリカでも従来品位が銀90%だった50セント硬貨が、昭和39年には40%へ引き下げられ、昭和46年に銅ニッケルクラッド貨となっている。いわば世界的な流れだったのだ。

銀が貨幣の王道から退いたことも有って、銀の受給には余裕が出来たが、写真の需要はうなぎ上りであった。それでも昭和40年代後半から、昭和53年前半までは、1グラム35円~55円程度と比較的に価格は安定していたと言える。(特に円建てでは円高の影響も有った)

その静寂を打ち破ったのがシルバーショックである。貨幣は既に銀貨は収集目的のものに限られるような状態であったし、他のもので代替できる。装飾品なども、ぜいたく品だから銀に固執する必要は無い。

ニューヨークのコメックス(先物市場)では連日の値上がりが続いていた。背景にはオイルショックで巨額の資金を得たハント一族の買い占めが有ったのである。

オイルショックに比べて、日常生活とはあまり縁のない銀だから、シルバーショックと言う言葉は定着しなかったが、代替品の無い写真は大混乱に陥った。

特に医療用のX線フイルムは、供給を欠かすことが出来ない。今のようにコンピューターによる画像診断なんてない時代である。

実に昭和54年は銀の大狂乱と言える年となった。銀製のライターなどは壊れていても、材質価値が1万円を超えるような有様である。とうとう1グラム350円余りの価格となってしまい、100円銀貨の材質価値が1000円を超えてしまったのだ。

目を付けられたのが、かつて発行されていた100円銀貨である。古い紙幣や硬貨は、発行が終わると「珍しいもの」になってしまうが、価値と言うのは基本的に額面のままである。コレクターがいても、その数は限られているし、それこそ全国津々浦々に至るまでに流通されるために大量生産するものに、希少価値が生まれる事はまずない。(一部のエラー貨や製造枚数の少ない年号に限られる)

しかし、材質価格が額面を上回れば別の話だ。戦後に発行された円単位以上の貨幣は、原則として今も使えるが、唯一の例外は1円黄銅貨である。これは、鋳潰した方が1円以上の価値を持つようになったためである。そのため、昭和30年に現行のアルミ貨が発行されるまで、1円が紙幣、5円、10円が硬貨、50円以上が紙幣という今では考えられない組み合わせになった事もあった。

当時の大蔵省でも、100円硬貨の廃貨を真剣に検討したと言われる。なぜなら、現行貨である以上、鋳潰すことが出来ないからだ。

ところが海外に持ち出せば話は別である。国内で100円銀貨を300~500円で買い集めても、海外に持ち出して鋳潰せば1000円以上になるからである。

明治大正期の金貨も、昭和の時代は額面で有効だったが、金価格がそれを上回る以上に、古銭としての価値が有り、鋳潰されることは無かった。しかし、100円銀貨は、この時に相当量が持ち出され鋳潰されている。

それでも、発行数を考えれば、現存数は十分に有り、その後の銀価格の鎮静化で再び元の100円に戻ったと言える。

近年、金や銀が再び高騰し、現在では100円銀貨の銀としての価値は150円~200円になっている。さすがにこの程度では、持ち出しの費用や精錬費、買取の手間などを考えれば赤字だが、110~120円で買取が行われるようになってきた。また、発行当時は4万円程度の金しかないと酷評された10万円金貨の金価値も大幅に上がっている。この少ない金量が遠因となって、大量の偽金貨が出たことが知られるが、その後に金量を1.5倍にした金貨(ご即位記念)は、既に金価格が上回った事で、12万円程度での買取が行われている。

古い貨幣を集めながら、当時の時代背景などに思いをはせると言うのも一つの楽しみであるが、銀を扱ってきたものとしては、シルバーショック当時の事も含めて、非常に銀貨には思い入れが有るのである。